2011年 02月 25日 ( 1 )

評価

 以前、ボランティアで40日ほどタイの小さな村に滞在したことがあった。すっかりタイという国が気に入ってしまい、いつかまた訪れたいと思っているがまだ実現していない。タイ料理が私の味覚にあっていたというのもあるが、とにかくタイの人たちはみな親切だった。

 ある日、ちょっとした宴会で今まで行った海外でよかった場所はどこかという話題になり、私は何をおいてもタイだなと答えた。一緒にいた若い女性のひとりが、「いやらしい~」と言う。誤解をしていると言ったが、もう売春ツアーにでも私が参加したのだと決め付けている。無知あるいは部分的知識をもって全ての評価にすりかえてしまうことの恐ろしいことよ。私はそれ以上説明するのをやめた。

 われわれが得られる情報は全体のごくわずかに過ぎない。そんなことはわかりきっている話だが、ときとしてわれわれはそのことを忘れてしまう。ネットが世界中に張り巡らされていても規制で情報が遮断されている国は意外に多い。しかも、情報=事実ではない。必ず「評価」が混じってしまうので評価を事実とすりかえてとりこんでしまうとか、ある事実への評価が全体への評価にすりかわると大変なことになる。

 また、事実は事実としてゆるぎないのだが、評価の点で誤ることだってある。これはいいことだと思っていたのに(評価していたのに)、実は悪いことだ気づく(再評価する)ような話だ。割り箸は木材資源を浪費しているという話は、割り箸製造とその消費に対する評価だ。しかし、間伐が里山などで必要とされ、伐採された材木を割り箸として再利用することは浪費なのか?私は答えを知らない。思い込みはとても怖いことだ。

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by narihira09 | 2011-02-25 04:22 | 写真